~家庭を守り続けてきた養子さんが、孫と一緒につくってます~
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あけましておめでとうございます☆☆☆

そしてお久しぶり、ラーラです(*´∀`)



高校生活も残りわずか・・・

長かったか短かったかといえば、うーん。
なんだかんだ長かったかなあ?


確か1年前くらいは私、看護師になりたいって言っていましたね。

今考えてみても、やっぱり看護師はいい職業だと思います。
看護の仕事は、ほかの職業に比べてキツイ感じはするけど、その分やりがいや学ぶことも多い気がします。
の数だけある(?)職業の中でも、ラーラにとって看護師はやっぱり特別な感じがします。

だけども私、看護師を目指すのは辞め、地元の企業に就職することになりました!
試験は10月にあり無事志望していたところに内定

就職することに決めた理由はいろいろあるけど、まちがった決断とは思っていません。
むしろ今となっては、もし看護学校を受けようとしていたら私は頑張れたのかな?って思います(・Д・;)
ラーラは勉強が嫌いなんです・・・
たぶんそう思ってる高校生は多いと思うけど、みんなテスト前になるとありえないくらい勉強したりするじゃないですかー。
あっ!
ありえないっていうのはあくまでも私にとってだけど。
私は人生において本当に本気で勉強したことはないと思います。
だから、レベルの高い看護学校を目標に勉強してる自分の姿なんか想像できません(/_゜)

とりあえず4月からはせっせと仕事を頑張ります


ということで私、
12月くらいから自動車学校に通っています。
友達と一緒ということもあって、かなり楽しい\(^o^)/
それに他校の友達もできて本当に楽しいですよきゃ

最初はマニュアル車のギアチェンジが難しくてエンストばっかりだったなー。
発進や停車もなかなかできなかった。
けどやっぱり慣れるもんです!
路上に出たりすると危険がいっぱいだけど充実さもいっぱい!
ここ1週間くらいは特に楽しい教習でした。

そして
明日は卒業検定・・・
早いなあ(Д)
とりあえず安全確認をしっかりやろうと思います。
安全確認を忘れたらかなり減点されそうなので。

頑張ってきますにこ


それでは、これからも時々更新しますね。

ちゃんちゃん(´ω`)ノ





















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この病院の看護スタッフへの不満、リハビリのすすめ方ややり方、
接し方に対しての不満などが溜まり、
私は転院を決意した。

今思えば、見えない未来に対しての不安が一番大きな私のストレスだったような気がする。
話し相手のいない寂しさだったかもしれない。。。

とにかく、
環境を変えて気分一新、頑張りたかった。
ケースワーカーさんの力を借りて地元のリハビリ病院を探した。
いくつかの候補から絞り込んでいった。

・・・実家の近くは嫌だった・・・知人がいたり、友人、親類が見舞いに来易い所はパスした。

リハビリに集中したかったし、麻痺を持った自分を見られることに、とても大きな抵抗があった。

・・・できるだけ早く転院できる病院が希望だった・・・一日も早くここを出たかった。

その条件に合う病院が見つかった。
ここを退院する日も決まった。
4月の下旬に母が上京し、私と一緒に新幹線で帰郷した。

その日は実家に1泊し、翌日妻の車で地元の病院に入院した。自宅の晩ご飯は美味かった。
病院食ばかりの毎日だから当然だろうが・・・家族で囲む食卓は本当に良かった。美味しかった。

もちろん、塩分は控えめにしたメニューが並んでたが、病院食に慣れた私には充分美味しかった。
アルコールも少し試してみた。
以前ほどは美味しくなかった。・・・当然です!!

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周りの患者さんはお年寄りが多く、話し相手もいなかったし、不自由な身体での将来に対しての不安が大きなストレスになったと思う。

正直、「死」よりも家族に負担をかけて生きていく事に大きな抵抗があった。

以前はかなり収入があったのに、ほとんど蓄えを持っていない自分を責めた。
自分の馬鹿さ加減に愛想が尽きた感じだ。

4月に入って、母とのメールのやり取りが増えた。
母からのメールにこんな一文があった。

「いろいろ考えても、しょうがない!!今できること、今日1日を生きることだけ考えて頑張ろう!!」

小説やドラマには良くある言葉だ。
言ってる事は理解できるし、全くその通りだと思うが、なかなかそのように吹っ切れないし、そう思っても少し時間が経つと、また悩む。。。

充分親不孝をしてきたから、嘘でもここは心配かけないようにしたいと思って、頑張ってみた。

「嘘も方便、ところ変われば宝となる」
・・・このことわざの意味が少しわかった気になった。
今後の人生ではこの宝の使用頻度が増えるだろうと思った。

その後も母のメールに励まされ、前を向いて生きていかねばと何度も思った。
身体の不自由さよりも、家族の役にたてない自分が悔しかった。
頑張らねば!!と言う思いは強くあるが故に、麻痺を抱えての今後の人生に対して、不安と悔しさがなかなか払拭できずにいた。
考えると、もやもやするから、何かに集中しようとリハビリや読書に取り組んだ。
しかし、それはとても難しかった。

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この、リハビリ病院での入院生活はなかなか大変だった。
①リハビリの担当者(療法士)への、不信感。②看護師や看護助手さんたちに対しての不満③他の患者さんとの共同生活でのストレス④今後に対しての大きな不安等々。

①動かない手や脚を動かすようにと、言われることが、ストレスになったり、麻痺を持ってる者の心がわかっていないんじゃないかと思われるような言動が多く、リハビリにも一貫性が無いように感じてしまったり、その日その日の思いつきでトレーニングしてるように感じられ、キツイ内容のわりには、「本当に効果があるのか???」と思ってしまう事が多くあり、ダメだしが多く、精神的に辛かった。②は、受け持ちの看護士さんが辞めたことも精神的に凹んだし、言葉のキツイ看護スタッフ、非常識なことをするスタッフもいて、同業者ゆえに不愉快な思いが多々あった。
例・・・「○○さん、寝てばっかりいる歳じゃないでしょう!!仕事してたら、昼食後に寝ることは、できなかったでしょう!!」「寝てばっかりいるから、便秘になるんだよ。」等々。やたら、叱られた。また、他の患者さんが歯磨き後に吐き出した物が入ったガーグルベースを私が使っている時に目の前に突然捨てていったり、ここの看護スタッフは、上から目線で接してくるから、とても不快だった。

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西荻窪の病院はリハビリ専門病院だそうだ。
この頃の私はまだ、リハビリを頑張ればすぐに元通りに治り、社会復帰ができると思っていた。

私自身全く、脳梗塞や麻痺についての知識がなく頑張ればできると考えていた。
まさか自分が身体障害者に成るとは全く思っていなかった。

この病院の医師も私に次ぎの様に話した。

「梗塞は太い血管で起こったから、かなり大変だが、まだ若いんだから治る可能性は充分あるからリハビリはきつくても頑張って!!」

きついことでも頑張りぬく自信はあったから、私は俄然やる気になった。
紹介された担当のPT(理学療法士)、OT(作業療法士)の両氏にも「どんなにきつくても頑張りぬくから必ず治して欲しい。お願いします!!」と話した。

あとで考えると、この時の2人は、戸惑いの表情をしていた。(不思議な物を見るような目で私を見ていた気がする。)

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プロフィール

ようこ

Author:ようこ
秋田県南部の小さな農村地帯で生まれる。
3人の子供を育て、現在8人の孫に恵まれる。
妊娠9ヶ月の時運動会で走る・・・堂々の1位!
現在も男性と同じ仕事量をこなす。
趣味:旅行、短歌、歴史探求。
夢:日本中を旅したい。

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